2019年08月11日

【第9回】鍼灸と乳がん治療


辛かった脱毛(カテゴリー:髪のこと)

乳がん治療において、特に辛かったこと、
それは髪が抜けることでした。本当にイヤでした。
私が使用した「パクリタキセル」というタキサン系の薬は脱毛を阻止できない薬で、どうしても避けて通れないものでした。

「化学療法=脱毛」
という図式しか思い描かなかった私は、病気のことより髪が抜けることの方が一大事でした。「髪が抜けるなら抗がん剤はしたくない。ウィッグも絶対にイヤだ」と主治医や家族に言って困らせました。

それでもいつか「なぜあの時、抗がん剤をしなかったんだろう」と思う時が来ては遅いと思い、覚悟して化学療法を開始しました。

「投薬から約16日〜20日で脱毛が始まります」という医師の説明は本当に正確で、きっちり16日目からパラパラと髪が抜け始めた時には「本当に自分はがん患者なのだ」と実感し、涙が止まりませんでした。

髪が抜け始めた頃、田舎に住む母が私を訪ねて来ました。
家族の前では気丈に涙を見せないつもりでいましたが、髪が抜け始めた頃、さすがに精神的に落ち込み、母の前で泣きました。

シャワーを浴びるとどっと抜けるのでお風呂に入れない。
お風呂上がりのドライヤーは恐怖そのもので、一回で髪全てが抜けてしまうのではないかと思うほど。抜け始めてから髪がなくなるまで、数日ほどであっという間でした。
(※個人差があります。私の友人は同じ病気をして投薬が終わるまで半分くらい残ったそう)

私の髪に対する執着はかなりのもので、それについては随時触れていきますが、今の私が言えるアドバイスとしては、もし髪が抜けることを理由に化学療法に戸惑いがある方がいらっしゃるとすれば、「髪は工夫すればウィッグとわからないほど自然なスタイルにできるし、バレない」ということと「髪は必ず生えてくる」ということを力強く伝えたいです。
そしてその頭皮にもまた、鍼灸はパワーを発揮する!!のです。

つづく

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2019年08月10日

【第8回】鍼灸と乳がん治療


人の不幸は蜜の味:悪夢の夫婦篇B(カテゴリー:人間関係)

職場の事務職のおばさまとそのパートナーに、餌食にされていた私。
水に関しては、キッチンとお風呂と洗面所の水回りすべてに特別な「浄水器」を取り付けろ!とのこと。総額50万円。

健康食品は椎茸のナントカエキス1ヶ月5万円と、ローヤルゼリー1ヶ月3万円。
さすがに困ったなと思いながら話を聞くだけ聞かされて帰りましたが、ひどい疲労感でした。「今だけこのお金を出して、エキスやらを飲めば治るのかな」と心が動いたのは確かです。死ぬくらいならお金を出してもいいかもしれない、と一瞬思いました。
精神的にはボロボロに弱っているのです。仕方なかったと思います。

翌日会社に行き、仲の良い同僚にそのことを話しました。
すると皆が憤慨し「あのおばさん、頭おかしいんじゃない!?もう2度とRさんを呼び出さないでほしいと言うから!!」と言ってくれたのですが、職場で顔をあわせるだけにバツが悪いので、話を大きくしないようにと頼み、沈黙と我慢の日々が続きました。

おばさまのパートナーからは毎日のようにLINEが来ました。
「健康食品は早く買った方がいい。そうじゃないとこうしている今もあんたのがんは進行しているんだぞ」と。

「健康食品を売ってくれるナントカさんを紹介します。ナントカさんにはあなたの電話番号を教えました。電話がかかって来ると思うのでよろしくお願いします」と。

その後、そのナントカさんから何度も留守電が入っていました。
「いつ買いますか?もう発送の準備ができています。お支払いは振込でお願いします、いつ振り込めますか?」などなど。最後はお金の話ばかりです。

浄水器も、健康食品も、私が買えばそのおばさまとパートナーは仲介料をもらえたのでしょう。
「買いません。ごめんなさい」と、パートナーにお断りの連絡をしたところ、カエルのキャラクターが怒った顔で「バツ」と両手でジェスチャーしたスタンプがひとつ来ました。そのスタンプ、今でも鮮明に思い出します。

まもなくして、運よく(?)おばさまの派遣の契約が終了。
それから一切連絡はなくなり、縁が切れました。
病気になったら、優しい顔をして近づいてくる人がいます。結構意外な人物です。
お金と命を天秤にかけて売りつけられます。
病気になったら、そんな人物に気をつけてください。



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2019年08月09日

【第7回】鍼灸と乳がん治療


人の不幸は蜜の味:悪夢の夫婦篇A(カテゴリー:人間関係)

当時、働いていた職場にいた事務職のおばさまについて。
私の顔色の悪さに気づかれ、おばさまに呼ばれて出向いたN駅。
高級な外車で連れていかれた先は、「気功師の家」でした。
おばさまのパートナーは「俺が尊敬している気功師だよ。この人に任せたら絶対にがんを消すから」と。

そこでいわゆる「人の家」の小部屋に入り、おばさまと一緒に気功を受けることに。
作務衣を着たおじいちゃんのような先生に、素手で患部に手を当てられ(胸だったので苦痛でしたが、それも治療のため我慢)、1時間近く全身ひと通り手を当てられて終了。
何をされたのかはわかりませんでしたが、その後の体のだるさは異常なほどぐったりでした。

その帰り、「食事をしよう」と、おばさまとパートナーとご飯へ。
「あんたね。がんなんかお金があれば治るんだよ。あんたがまず考えなきゃいけないのは水。どうせペットボトルの水でも飲んでるんだろ。あんなの毒だぞ。
でも水道の水もダメ。俺が言ってるのは、風呂の水も歯磨きする水も飲む水も全部変えろ、ってこと。わかる?

今から50万円用意しな。なけりゃ家族がいるだろ?お金借りなよ。50万あれば病気なんか治るんだよ。手術なんかしなくていいし、抗がん剤もしなくていいんだよ。

あんた、胸がなくなったら女として終わりだぜ?わかるだろ?手術するなよ。抗がん剤も猛毒だってこと、わかってないんだろ?頭の悪い奴は医者の通りに治療して抗がん剤で早死にするんだよ」と。

畳み掛けられた言葉の数々。今思い出しても吐き気のする内容です。
そして
「水をかえたら椎茸のエキスを飲むんだよ。あとはローヤルゼリーね」と言って取り出したチラシ。椎茸のなんとかエキス1箱1ヶ月5万円。ローヤルゼリー3万円。「1ヶ月8万円かかるけど、胸がなくなるよりいいだろ?」と。

そんな話をしている間、横にいたおばさま。ずっとニコニコと、「そうよ、それがいいわ。絶対に治るから。さすが、私のパートナーだわっ!」と高らかに言いました。


つづく

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2019年08月08日

【第6回】鍼灸と乳がん治療

人の不幸は蜜の味:悪夢の夫婦篇@(カテゴリー:人間関係)

当時、働いていた職場には事務職の女性がいました。
派遣で勤務していたその女性はいつも午後に出社し、自分の仕事を淡々とこなして5時には退社するというリズムで、積極的に誰かと会話したり、ランチに誘い合って出かけるようなキャラではなく、寡黙でどちらかと地味で、それでも優しくて品の良いおばさまでした。

私は仕事上、毎日そのおばさまに依頼をしたりすることがあったのですが、ちょうど病気を告知されて不安定な頃でした。仕事のことで話しかけたところ
「なんかここ数日とても顔色が悪いんだけど。私、ピンと来たわ。病気でしょ?」と。
年の功なのか何なのか。
いつもは寡黙なのに、饒舌に私に話しかけて来ました。

少しでも油断すれば涙が出るような心境にいた私は、そのおばさまの一言でしゃがみこんでその場で泣き、事情を話してしまいました。
「Rさん、LINE教えてちょうだい。私、味方になるわ」そう言って、帰ったおばさま。
その夜に来た内容が以下。

「Rさん、今日は失礼かと思いながら、いろいろなことを聞いてしまい、失礼しました。
私はRさんのことを歳の離れた妹のように思っています。だからこそ治るまで見守らせていただけませんか?今週末、お時間いただけますでしょうか。10時にN駅に来てください」とのこと。
藁にでもすがる思いでその週末N駅に行ったのです。

すると、N駅で現れたおばさまは高級そうな外車の助手席からサングラスをかけて登場しました。いつもの職場で見るおばさまとのギャップに少々動揺していると「意気揚々とさぁ、乗ってちょうだい」と。

その車には「私のパートナーなの」と紹介された自分の父親と同じくらいの歳の男性が乗っていました。「こんにちは」と言うと私の顔を見て一言「ほんとだ。あんた、がんになりそうな顔してるわ!」と言われたその違和感。

健康な精神状態であれば「もうすでに何かおかしい」と思うでしょう。
今の私なら、いつもと様子の違うおばさまと、そのパートナーと名乗るおじさんの態度を見てすぐに立ち去る勇気があります。
でもその時はなかったのです。

つづく。

青山鍼灸院HP




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2019年08月07日

【第5回】鍼灸と乳がん治療


【人の不幸は蜜の味】(カテゴリー:人間関係)

やっとの思いで家族への告知が済んだのですが、もうひとつの問題は職場の同僚でした。
これから治療をするとなると、自分がどんな状況になるかわからないので、職場の人にも迷惑をかけるはずだと思い、きちんと伝える必要がありました。
しかし、これが後に何かと自分の中でのモヤモヤする原因に。

まさか気軽に行ったクリニックで絶望的なことを告知されるとは思ってもおらず、検査に行く日「今日、胸の検査をしてくるんだぁ」くらいのことを同僚の何人かに言っていました。当然、翌日「どうだった?」と声をかけられたわけです。
その時にはもう乳がんの疑いがあり、頭の中には絶望しかなく、何かを考える余裕もなく「乳がんらしい」と正直に何人かに報告しました。

その時の反応は今でもありありと思い出せます。
タイプはいくつか。
@「そっか。何かできることがあれば言って」と淡々と受け止めてくれた人
A「嘘でしょ?」と言って私以上に泣く人
B「え。まじで?」と言い、表情はあたかも同情めいた暗い顔を取り繕いながらも目の奥がキラリと光った人
などなど。

AとBの人物たちはのちに信じられない態度をとります。
「女」という生き物は、常に他人と自分を比べて生きているのだと思うことが多々ありました。人の不幸を見て「自分はマシ」と自分の幸せを実感できるからでしょう。
その話はまた、今後、このブログの強烈な登場人物として出演しますが、それはさておき私が教わった教訓をひとつ。

「水と宗教と健康食品に気をつけろ」

人の不幸を楽しみながら、その弱みにつけこんでくる人、という種類の人間がいるのです。私の場合は職場にいたのです。

次回に続く。

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2019年08月06日

【第4回】鍼灸と乳がん治療


【家族への報告】(カテゴリー:人間関係)

さて。正式に「あなたは乳がんです」と告げられたわけですが、体調の心配と同時に頭に浮かんだ心配事は「家族にどう伝えるべきか?」でした。

私はひとり暮らしで地方に家族がいるのですが、心配性な両親と姉に話したら自分以上に衝撃を受けるのではないかと思うと、告知から一週間経っても何も連絡できないままでした。

しかしこんな時、何かを感じ取るものがあるのが血縁。
滅多に連絡をしてこない姉から珍しく連絡が。

「胸の検査をしたら引っかかって。再検査したんだけど不安な数日を過ごしたよ。結果的に何もなかったんだけど、こんなこともあるから、あなたも検査しておきなさいよ」とのこと。

「いやもう、こちら既にアウトですから」と思いつつ来たメールに返信し「私は悪いものが見つかりました。まだお母さんとお父さんには言っていません」と告げました。

姉は看護師ですが、毎日他人の病気や生死に近い現場にいても身内のことになると、それとこれとは別らしく、姉なりに動揺したようです。

その後、母に電話したところ冷静な対応。
さすが母は私の性格を見抜いており、自分たちが動揺することで私の負担になるとでも思ったのかあっさりと「治すしかないね」と。

電話口で涙声になっているのは気づいていましたが、家族の反応や言葉は良い意味であっさりした印象で、ありがたいことでした。

後から聞いたところ、私の知らないところで姉と両親が話をしていたようです。
看護師の姉が「今は本人が病気という事実を受け入れることだけで精一杯なんだから、本人の意思を尊重して余計なことは言わないでおこう」と。
私への対応はそれが正解でした。

しかし、病気の話を家族にするのは本当に苦痛なものです。
隠せるなら隠し通したいと思いましたが、治療の内容的にも性格的にもそれは無理でした。(手術ひとつするにしても家族の同意が必要)

両親にとって私は37歳というとっくに大人の年齢であっても子供であることに変わりなく、娘が知らないうちに病気になり、苦しんでいたと後で知ったら、その方がさらに辛いだろうと思いました。逆に自分が家族の大変な時に何も知らされなかったとしたら何とも言えない気分になるだろうなと。

ある知人は、家族に何も言わないまま、抗がん剤、手術、放射線治療を済ませたそうです。その嘘が「二年間留学するからしばらく会えない」だったそうです。

その人にはその人の事情(家族関係)があると思うので人それぞれですが、そこまでしてでも隠したくもなるのが、がんなのかもしれません。

もし今、家族への告知に悩んでいる方がいるとしたら、同居していてもしていなくても、この先家族とのコミュニケーションを取る時に自分が辛くないか、精神的に負担にならないかを考えてみてください。

私のように家族が両親と姉だけというのは簡単な方で、旦那さんや小さな子供がいる場合は私以上に複雑で悩まれるのではないかと思います。でもそれだけ味方になってくれる人がそばにいて心強くなれるかもしれません。
(※全く味方にならなかった、という話もよく聞くのも事実)

わかっているのは今の状況と、これからの治療プログラム。
私は、この先の不安や泣き言を吐露すると家族も不安になると思ったのでそれについては言いませんでした。感情的にならずにただ事実だけ伝えることに徹したので、それ以上家族も余計な不安を抱かずに済んだかなと思います。
(表情に出さないだけで、それでも随分心配していたとは思いますが)

家族への告知をクリアしたら、次は職場や友人への告白です。
これが後々何かと自分の中で波紋を呼ぶのです。

次回に続く。

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2019年08月05日

【第3回】鍼灸と乳がん治療


【病院と医師選び】(カテゴリー:病院のこと)

前回、女医によるデリカシーのない告知について書きましたが、その頃の精神状態は最悪で、ひとりの時は涙が止まらず、不安と喪失感、恐怖と絶望が混ざったような気分で過ごしました。

その後、同じ病気を患った人に何人か会いましたが、とても冷静な方や楽観的な方もいるので、がんの告知で感じることは本当に様々なようです。
これこそまさに「リアル肝試し」です。
今このように客観的にブログを書けているのは時を経たからです。
当時の私に余裕なんてものはありませんでした。

私はそんな状況でも心強い親友の助言とそこから得たありがたいご縁のおかげで、自分と相性の良い病院と医師に巡りあえました。本来なら自分で病院と医師を探さなければいけなかったところ、私はラッキーでした。

ここで病院と医師選びの見極めについて。私が感じたことと周りの話を聞いたことからまとめました。参考になればと思います。
@ 医師と看護師さんの説明がしっかりしているか(納得できる説明か)
A 患者の話をきちんと聞いてくれるか
B QOL(生活の質)を考えた治療提案をしてくれるか
C 自分の生活圏から通院しやすいか

長く付き合うことになる病院と主治医は自分が納得できるかどうかがとても大事です。
治療が進む中でもあまりにも相性が悪く悩んだ末に転院したというケースを聞きましたが、後悔ナシ!とのことでした。

主治医に相談しても聞いてくれない、怒られる、薬を処方されるだけ、体の苦痛を訴えてもその対策を提案してもらえない、といったようであれば考え直して良いと思います。
ただでさえ病気と向き合うストレスがあるわけですから、それ以上のストレスは無くした方がいいと思います。

それと最後に、病院へ行く時のポイント。
弱っている時は大事な話を聞き逃します。悪い言葉(もしくは良い言葉)に引っかかってそれ以外のことを覚えていない、ということが多々あります。
なので、ボイスレコーダーを持参すると良いです。(スマホの中にもその機能があると思います)。もちろん、病院に付き添ってくれるご家族がいれば、一緒に話を聞いてもらうこともできるとは思いますが。
私の場合はひとりだったので、友人がボイスレコーダーを持たせてくれました。
その機転のきいた提案に感謝です。

(つづく)
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2019年08月04日

【第2回】鍼灸と乳がん治療〜かかりつけ鍼灸師とのがん治療〜


【第2回】私の状況(カテゴリー:病気のこと)

さて。
私が当時、どんな状況だったかと言うと
・ 左胸約4cmに広がる浸潤がん
・ 左脇リンパ節2箇所の浸潤がん
骨やその他の臓器への転移はなし。結果、乳がんステージ2ということでした。

胸に関しては浅く広く広がったがん。脇の方は後から自分で触って見ても確認できる、何か玉のような硬いものがありました。
正直に言うと胸のしこりは少し気になっていました。以前診てもらって「特に異常なし」と言われたこともあり、油断していた結果かもしれません。
脇の方は、今思えばなぜ気づかなかったのか、と思いますが、当時の私にはわからなかったのです。

それ以外の体調ですが、その当時、特別異常はないと思っていました。
「どこも痛くないし、何の不調もないのに、なんで乳がんになるわけ?」と思ったほどです。

先日、同じ病気を経験した方が話していたことをふと思い出しました。
その方も乳がん発覚当時、体調に異常はなく元気に過ごしていたそうですが
「今思えばその頃の私、すごく疲れやすくて、そしてトイレに行くと尿が臭かった気がする」と。

私は尿に異常はなかったのですが、同じく疲れやすく、そしてお腹の調子が悪くなることが多かった気がします。あと、何よりストレスの多い環境にいました。
それが全てではないと思いますが、免疫力が下がっていることにも気づかず(気づけない)無理をしていたのは確かでした。


【忘れもしない女医のこと】(カテゴリー:こんなこと、ありました)

健診は都内のオフィス街にある小さなクリニック。
エコーをし、触診で脇を診てもらい、その場で間違いないと告知されました。
そこで詳しく調べるために細胞診(胸と脇に針を刺し、細胞を採取して検査する)をし、後に正式に悪性だと診断されました。

余談ですが、そのクリニックの女医さんのことは忘れもしません。
「あら、あなた乳がんだわ!間違いないわっ。全身治療になるから。どこの病院にしよっか?行きたい病院ある?」と、まるでランチのお店の話でもするかのようなカジュアルな口調で告知されました。
こんなことってあるのでしょうか。

人生を左右する重大な話。頭が真っ白になっている人を目の前に
「今後の仕事とか整理した方がいいわよ。すぐ会社に言ってね。あと、あなた結婚してる?してないの?なら良かったわね。37歳?子供が欲しかったりする?でももうギリギリだからあきらめた方がいいと思うわよ〜」と。

行きたい病院を考えながら生活している人とはどのくらいいるのかわかりませんが、そのデリカシーのない女医(悪意を持ってそう呼びます)が饒舌に病院の候補を挙げている中から選択できるわけもなく、放心状態でうつむくしかありませんでした。

こんな残念な告知があるという話です。「ヤブ医者」とはこういう女医がいるようなクリニックのことを言うのかもしれません。
私は何も言い返せなかったのですが、強い気持ちのある方はもしこんな目に遭ったらぜひ言い返してください。
「先生は今、私のこの状況でそんなことを話されるのですか?」と。余談で終わってしまいましたが、次回に続く。


(つづく)
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2019年08月03日

【第1回補足】鍼灸と乳がん治療〜かかりつけ鍼灸師とのがん治療〜


【第1回補足】はじめに、のつづき

こんにちは。
連載を始めるにあたり、本当はこの回から早速、私の病状について話を進めようと思っていました。
その前に、ふと思うことがあったので前もって書いておこうと思います。

今回、私は自分の「鍼灸と乳がん治療」について書かせていただきます。
病気の話なので、慎重に扱うべきテーマだと思います。

私は自分の病気が発覚した時、病気をネタにしたメディア(雑誌の特集や、有名人の体験記、テレビでの特集、ドキュメンタリー番組など)が大嫌いでした。
病気を抱えている辛い精神状態の人からすれば恐怖以外のものはなく、時に情報が暴力的にさえ感じることがありました。

お涙ちょうだい的に感動的なものに仕立てた闘病記には怒り以外何もなく、それらの情報がリアルに役立つことはほとんどありませんでした。
病気のことは病院で主治医や看護師さんに聞けばいいし、それ以外のことはA先生に相談すればいい。だから心がざわつくようなものには触れなくて良いと思い、その手のものは遠ざけました

なので、私はどなたかの心に暴力を振るうようなコラムにしたくないと思っています。
でも、もしかしたら私のこのコラムを読んで不愉快な気持ちになる方も、中にはいらっしゃるかもしれません。人それぞれ感じることも状況も環境も違うことなので。

私は私の目線で考えたこと、思ったこと、そして何があったか、どんなことを実践したかについて綴っていきます。偏った思考が出てくることもあるかもしれません。
しかし、あくまでも私の視点であること、私の考えが正解というわけではないことなど、ご理解いただければと思います。

(つづく)

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2019年08月02日

【第1回】鍼灸と乳がん治療〜かかりつけ鍼灸師とのがん治療〜


こんにちは。青山です。
鍼灸治療を併用しながら乳がんの治療をした経験のあるRさんの
体験記をご紹介します。
今回、自分の経験したことが少しでも誰かの役にたってくれればと、
快く引き受けていただきました。


【第1回】 はじめに

こんにちは。
今回この連載をさせていただく42歳女性、Rです。(独身)
仕事はライターをしています。

37歳の夏、乳がんが発覚しました。
私はその数年前からA鍼灸院のA先生にお世話になっていました。
慢性的な肩こり、疲労、その時々の不調などを、鍼、お灸、マッサージなどのケアで全身診ていただきながら、A先生にその時々の近況報告をすることが(主に仕事や人間関係のグチ)、私の生活の一部になっていました。

気軽に受けた健診で発覚した乳がん。
「がん」という、自分には絶対に無縁だと思っていた現実を突きつけられ、「死」を初めて意識し、取り乱しました。

この事実を家族にも話せず、どうして良いかわからない気持ちを抱えてA先生に連絡をしました。今までなんでも話していたA先生ならきっとニュートラルに受け止めてくれる。と、そう思ったからです。

A先生に事情を話した時、張りつめていた気持ちが崩れるようにぼろぼろと涙が出ました。A先生が「しんどかったね」と言いながら背中をさすってくれたことを一生忘れません。その日から私は、病院での検査結果や治療プログラムをA先生に共有しながら鍼灸院での併用治療をはじめました。

後に私は抗がん剤治療(化学療法)と左胸の全摘出、腋窩リンパ節郭清、放射線治療を受けます。
乳がん治療は症状の軽いものから重いものまで、かなり振り幅があります。
部分的な手術のみで終了する人もいれば、私のように抗がん剤と手術、リンパ節郭清、放射線といった治療もあります。

その他の臓器や骨にもがんがある場合は、私の治療プログラムとも異なると思います。
一言で乳がんと言っても、状況は様々なのです。
私の乳がん治療は、それなりにヘビーなフルコースでした。

私がこの連載を始めようと思ったのは、私が乳がん治療に鍼灸を取り入れたこと、その効果をお伝えしたかったからです。
「お医者さんに言われた通りの治療でいい」という考えも、当事者が納得しているのであれば良いと思います。

でももし「病院に行くこと以外に何かできることがないのか?」と情報を求めている方がいるとしたら、私の経験をひとつのリアルケースとして参考になるのではないかと思います。

乳がんを告知されたばかりの方、治療の最中にいる方、西洋医学的な治療を終えた方、もっと言うなら治療を終えていても、漠然とした不安を抱えている方にとって、私が西洋医学(投薬や手術)と東洋医学(鍼灸)の併用治療をした経験が、有益な情報となり、今ある苦痛を軽減し、これから先の体調管理のためのヒントにつながると思います。

また「乳がん患者」になってみると、実に生きづらい世の中がそこにありました。
「がんを患う」とは同時に未知の世界を覗くこと、衝撃を体験することでもあります。

人生三代坂、とよく言ったものです。「上り坂」「下り坂」「まさか」
下り坂と、まさかを同時に体験しましたが、ある方が私にこう話してくれました。
「下り坂の時は、上り坂の時には見えない景色がよく見えるんだよ」と。

そんな私の身に起きたあれこれについても、この連載で綴っていこうと思います。
私みたいなフルコースを体験しても、人生レベルで思い出すと、悪いことばかりでもなかったと思います。

12人にひとりが乳がんになると言われている今、
今日もどこかで体に向き合っているどなたかの治療と暮らしの一助になれば幸いです。

(つづく)

















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